2005年11月

2005年11月28日

アキバにたぬき?

いやはや、笑いを通り越してサプライズでした。
内山の会社「ストリートランプ」のご近所で、野生のたぬきが御用となりました。

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20051128k0000e040058000c.html

たぬきの見つかった27日午後は、ちょうど、会社にいたのですが、駅前が変貌を遂げてから、界隈が騒がしいので、多少のサイレンや騒音では驚かなくなってしまっているので、それには、気が付きませんでした。
たぬきを捕まえたのは警視庁万世橋署ということですが、万世橋署といえば、日夜、駐車違反の検挙にいとまがなく、頑張っておられます。ミニパトとチョークの組合せで、おおよそ歓迎されない仕事を続けている署員さん達をみると、彼らに「日々の生きがい」はあるのだろうか、といらぬ心配をしてしまいます。が、今回の検挙ならぬ大捕物(?)には、日頃、自動車を監視し続けている署員さん達も驚いたのではないでしょうか?

それにしても、最近、野生の動物が信じられぬ所に出没するというニュースをだいぶ耳にします。

熊が台所の冷蔵庫を開けていた。
猿が食べ物目当てに街中の子どもを襲った。

・・・よくよく考えると、原因は人間にありますよね。彼らが食物連鎖の中で生きてきた自然を人間が壊してしまうものだから、餌がなくなって、野生の動物が彷徨いだしているのだと思います。

ヒトから自然を奪こと、野生の動物から自然を奪うことを同時に人間はしてしまっている。

以前に「天災は...」で太陽系の縮尺について述べたことがありましたが、今回は、人類の時間を考えてみます。
地球の歴史を46億年としてヒトの歴史を300万年とすると(ちょっと電卓を・・・)、人類は、地球の歴史の1533分の1ですから、地球が生まれて1年という縮尺に直すと、人類の歴史は・・・0.23日・・・時間に直すと5.71時間です。地球が1歳とすると、なんと、人類は生まれて5時間40分しかたっていません。さらにヒトが文明を持ち始めたのを1万年前とすると、わずか1分です。生まれて1年の地球をわずか1分の間に変貌させる大事件が起きて、その原因が人間です。・・・いやはや・・・。

ヒトの命も「ひとつの自然」ですが、この「自然」、相当、不自然な育ち方をしているような気が致します。「地球があぶない」とよくいいますが、危ないのは地球ではなく「人間」です。たとえば、大隕石の衝突が起きれば、おそらくヒトは絶滅するでしょうが、地球は1億年もすれば元気になるでしょう。科学の発達が人類の発展を意味するものではないのではと、あらためて考えさせられます。

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2005年11月25日

拾い読み

最近、身につけたいことが山のようにあり、短い時間の読書でより多くの情報が得られないものだろうかと考えています。「本は1冊ずつ時間をかけて読むもの。それの方が頭にも入る」・・・というモットーで、若い頃は読書をしていましたが、最近、「それは違う」ことに気がついてきました。

読書は、短時間で拾い読みをした方が圧倒的に記憶に残ります。

(もちろん、学術書や経営書、ビジネス書の類です。ゆっくり読んで楽しむ小説などはこの範疇に入りません。)

何故なのか?

少なくとも内山の場合、「長時間精読」をするときは、その本から吸収しようとする熱意が弱いことが多いのです。つまり、「よさそうな本だから、何かを教えてもらおう」という姿勢なのですね。これは、予習をしないで授業に臨む生徒に似ています。だから、そのときは「なるほどー」とか思っても、数日たつと中身を忘れています。
かたや、「拾い読み」はというと、実は、これを一定時間続けるのが結構難しい。自分の知りたいこと、質問したいことを明確にしないとなかなかできません。つまり、質問を定めながら答えを拾うので、気が付くと、本全体のあらすじと、自分にとって最も重要な点を脳裏に刻み込んでいたりします。
これを応用して、本屋に入る前から質問を決めておいたりすると、選ぶ本も自ずから決まってくるので、時間の無駄もありません。それどころか、立ち読みで満足してしまうことも多々あります。オフィスや自宅でゆっくり本を開くよりも、本屋で「よし、本を選ぶぞ」という意気込みの方が、拾い読みもしやすいアクティブな精神状態なので、(さらに短時間で)「読んでしまえ」ということになるわけです。(本屋さん、ごめんなさい。)
また、同じ類の本を数冊同時に行うと、さらに効果が増します。(これが結構楽しい。)
つまり、筆者にイニシアチブを取ってもらうのではなく、自分が主体で読書ができるということだと思います。他にも、いろいろと試してみてはいますが、やはり「おもしろくなければ駄目」ということなのでしょう。

・・・と、偉そうに語っている内山ですが、もともと、たいしたことのないキャパなので、頭がフリーズしてしまうことも多々あります。
ちなみに、今日は、本屋と通販で同じ本を購入してしまいました・・・。
(「買うつもり」と思っていた本が実は「買ってありました」。)
何をやってんだか?

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2005年11月07日

信長? 秀吉? 家康?

信長 秀吉 家康
この3人はよく比較されます。
「誰になりたいか?」というアンケート調査がビジネスマン向けに行われたりするのも数限りないでしょう。

鳴かぬなら殺してしまえホトトギス(信長)
鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス(秀吉)
鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス(家康)

誰が詠んだのか知りませんが、思わず頷いてしまいます。(ちなみにホトトギスは「ホーホケキョ」ではないですよ。ホトトギスは「テッペンカケタカ」です。)

内山としては「どの人物になりたいか」と問われると、答えに窮してしまいますが、業績や行いから判断するなら、迷わず「信長」です。

平民から天下人になった秀吉、実直で徳川300年の礎を築いた家康も捨てがたいですが、やはり信長です。

天才的な戦略家(桶狭間・長篠)で大胆な政治家(対朝廷・将軍家)、独特な世界観を持ち(フロイス)、経済にも明るい(楽市楽座、堺)。ひとつひとつを取り上げれば、それ以上の人物も多数存在するでしょうが、一時代に、しかもこれらをほとんど独断で行ってしまったのですから、本当に参ってしまいます。NHKで放映中の義経も戦略的には同等であると思いますが、義経は政治力が大変弱く比較になりません(頼朝と合わされば互角かも・・・)。また、信長でなければ、秀吉を抜擢できないでしょうし、家康とあれほどの長い同盟はかなわなかったと思うのです。
(「極悪非道」と信長を評する人もいますが、歴史的な戦略からみれば、いろんな人物が同様なことをしています。現代でいえば、米国とイラクのどちらが「悪」かなど、実のところ、誰にも判断できません。)

信長関連の書物を見つけるとつい開いてしまいます。歴史を探究することは必須ですが、「過去から学ぶ」のみでなく「先を見越す」天才達の生き様に自分は触れたがっているとつくづく感じる今日この頃です。

蛇足ですが、信長があと10年生きながらえていたら、今の日本は絶対的に変わっていたでしょう。まあ、秀吉くらい変わっていれば、理解もできたでしょうが、これまた大秀才の光秀が理解できなかったのも無理からぬこと。天才達が世の中から排除されてしまうのは、世の常です。ガリレオ然り、モーツアルト然り・・・。

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2005年11月01日

一切れのパン

何かの折にふと思い出す物語があります。
以前にも述べた映画の一場面だったり、誰かのエピソードだったりするのですが、物語では、内山的には、「老人と海」と「一切れのパン」です。
「老人と海」は、少年時代にマンガのように読破できた初めての小説です。
問題は、「一切れのパン」です。何せ、どこで読んだのか、あるいは、人に聞いたのか、全く記憶にありません。しかし、何故かあらすじをよく覚えているのです。
以下のようなお話です。(作者、国名、細かい描写は覚えていませんが話は合っていると思います。)

戦時中、他国に住むある男が、(確か)国際情勢の変化で、その国の軍隊に狙われる身になります。結局、捕らえられ、列車(トラック?)に監禁されてしまいます。そこには、同じ身の上の人たちがたくさんいました。そして、皆で話し合い「脱走しよう」ということになります。そのとき、ある老人が彼にハンカチの包みを差し出し、
「この中にはパンが一切れ包まれている。道は遠かろう。これで空腹を満たしなさい。」と言います。
彼が受け取ろうとすると、老人は条件を出します。
「ただし、すぐに食べてしまってはいけない。我慢をし、本当に食べて良いかどうか判断の上、包みをあけるように。」という内容です。
そして、列車から脱走、脱走の後は、皆バラバラに走りました。

彼は、何日も軍隊の陰におびえながら、あるときは隠れ、あるときは逃げ続けます。
途中、何度も空腹に襲われ、ハンカチの包みを開けようとするのですが、老人の言葉を思い出し、そのたびに思いとどまるのです。

(目的地が隣国だったか、自宅だったか覚えていませんが、)ついに、目的地にたどり着き、敵の手から逃れたとき、彼は、老人に大いなる感謝をするのです。
「このたった一切れの包みが心のよりどころだった。この小さなパンが私を救ってくれた」と・・・。

そして、彼は、静かにハンカチの包みを開きます。
すると・・・。
包みから現れたのは、パンではなく「木の枝」だった・・・。

・・・という物語です。

「包み」に感謝するところで、気持ち的には物語は終わってしまったのに、その後に訪れたどんでん返しが印象に残っていたのだと思います。

内山少年は、この物語から
「我慢することの尊さ」
「我慢するために必要なこと」
「信じることの強さ」を学んだのでした。
40歳を過ぎた今では、
「己の考え方次第で、生き方はいくらでも変えられる・・・」という教訓になっています。

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The writer
Profile
マインドマップインストラクター(これまでに15,000人超に講座を実施)、有限会社ストリートランプ代表取締役、元株式会社ブザン・ワールドワイド・ジャパン取締役、元一般社団法人ブザン教育協会理事、教育ITコンサルタント、リテラシー教育、元高校教師、柔道5段、スキー1級、シスアド、読書、作詞、作曲、MIDI、黒澤明、クリントイーストウッド、教師だった経験を生かし、東京秋葉原を拠点にセミナー、セッション、講演、コンサル、開発、執筆活動中。
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