2010年03月

2010年03月19日

卒業おめでとうございます!

長男と次女がそろって中学と小学校を卒業する。
いろいろあったがひとつの節目。本当におめでとう!
(長女も高校を卒業する予定だったが、2年次に留学したり、帰国して会社を起業したりして、結局、卒業しなかった。)

卒業間際で長男にはケータイを買った。
本人は、珍しく、欲しいと一度もいわなかったが、部活で必要になるということで「持たせた」。

その長男の卒業式が今日だった。

内山は、高校教師をしていたので、自分の卒業式のみならず、たくさんの卒業式を見てきたし、運営してきたが、あたりまえだが、時代によって、感動の種とか、涙の理由は変遷していると思う。

以前は、友人と「別れる」ということが、大変、悲しくもあり、新しい生活を始めるのだという決心につながっていた。

最近は、ケータイなるものを高校生の98%が所有しているため、子ども達は、少なくとも「別れる」という感触はあまり持っていない。「3年間ありがとう!また、どこかで会おうね!」などと感慨深げになったものの、その5分後にはその当人同士がメールしている。

ひとつ時代をさかのぼると
「雨は夜更けすぎーにー」の歌でおなじみのJRのCMのように、
プレゼントを抱えた女の子が、
「本当に彼は、この新幹線に乗ってるの?誰か教えて!」
・・・みたいな映像とともに、男の子を見つけて感激する
・・・というシーンが感動を呼んでいた。

さらにもっと時代をさかのぼると、
宮本武蔵の「お通さん」のように、橋の上で
「武蔵様!きっと待っててくださいね。お通は支度をしてまいりますから!」と言い残すのだが、武蔵がその場を立ち去ってしまうとその後は
「一生会えないのではないか」と思い悩むシーンがたくさん出てくる。

・・・ちょっと、卒業からそれてしまったが、「出会い」と「別れ」を大切にするといった観念は、今後も、ますます薄れていくと思う。一方で、コミュニケーションのあり方が複雑なため、大人が感じている以上に、子ども達は、人間関係に気をつかっていると思う。

何せ、密室に居ようとも、ネットさえつながっていれば、あらゆる世界と通信可能なご時勢である。
「テレビは終わりにして自分の部屋へいきなさい」と追いやられた内山少年は、密室で、外とのコミュニケーションを一切絶ち、寝る時間を待った。今は、子ども達は進んで自分の部屋へこもってコミュニケーションする。

自分の脳と手足がデジタルメディアによって、他の何かと一体化していくことは、今後、さらに加速する。

「卒業式」ということばから、何故かそんなことをつらつらと考えた。

2010年03月17日

プロフェッショナルって?

ときたまプロとは何かを考えている自分がいる。

NHKの「プロフェッショナル〜仕事の流儀」で番組の最後に
「〇〇さんにとってプロフェッショナルとは?」という問いがあって、みなさん驚くほど的確に驚くお答えになるので、おこがましいようだが、感心して拝見している。

今、自分に同じ問いをかけられたら何と答えればいいだろう?

辞書で調べると職業的であるとか専門家であるとかの掲載がめだつが、プロとしての肩書きを資格や立ち位置で取得してから悩んでいるプロがたくさんいることを考えると、定義とは全く違うフェーズで意識をしておくことが必要だと思う。

今日は、こんな体験を思い出した。

内山は、以前、作曲家の先生について作曲を専門的に習っていたことがある。同じグループの人たちは、すでに自作自演でお店で歌っている方や、地方局のFM番組をまかされているような方、あるいは、NHKの「あなたのメロディー」という番組でグランプリを受賞したとかいう人たちで、内山から見れば

「もうみんなすでにプロじゃないか」

とため息をついていた憶えがある。そして、皆「本格的な(?)プロになるべくきました」というような話をしていた。ちなみに内山は、プロの作曲家になろうなどと思ったわけではなく、成り行きでオーディションを受けたら仲間に入れてもらえたという程度だった。

そこでは定期的に、譜面を皆に配り、自分かあるいは代理の人がそれを披露するという自曲の発表会があった。内山は、いつも、他の方々の曲に感銘を受けながら、自分は、発表だけでもできる喜びを感じていた。

そして、ある冬の発表会で小さな事件が起きた。

内山は、当時、教師をしていたので、謝恩会で卒業生や保護者にむけて「卒業」をテーマにした歌を創ってあったのでそれを何気なく弾き語った。

すると・・・いつもと反応が少し違う。

「これ、いい!」
「やったって感じ」

とか、みなさんが囁いてくれた。(つまり、普段、どれほど駄作が多かったかということなのだが・・・。)

中でも先生が

「うーん。これはね。井○鑑編曲で寺○聡が歌ったとしたら、オリコン上位いけるかもしれない」

などとおだてるものだから、ついつい、その気になってしまった。

しかし、喜んでいるのもつかの間、先生から手厳しい言葉が発せられた。

「でもね、ここにいる方々は、何曲か、どこに出しても通用する曲は、皆、持ってると思うのですよ。では、今回の例で、あなたが曲を提供し、井○鑑編曲で寺○聡が歌うという企画が先にあった場合、その時点でぱっとこの曲がでてくるでしょうか?実は、プロってのはそれができる人なんです。その結果、お金も集めることができる。」

この時の衝撃は今も忘れない。

つまり、プロとは、
「望まれた仕事を望まれた場面において、ピンポイントで最大限の力を表現することにより、継続的に結果を残せる」事が必要なのだと学んだ。

その側面からスポーツや音楽や芸術や芸能界をみてみると、スーパースターの人たちは、皆、これができていると感じる。
その意味では、いつかオリンピックの話題で触れた「結果的に勝てた選手」と「勝たなければいけない状態で勝てた」選手の「格」の違いも説明できる。

ドラクエシリーズの音楽を手がけたすぎやまこういちさんがこんなことをいっている(内山の記憶です)。すぎやまさんは、流行歌やアニメ、CMと幅広く作曲を手がけている方である。

「流行歌というものは、聴いている方に一発でインパクトを与えて、ひきよせなければならない。でも、数ヶ月後には飽きられているものだし、そうあるべきもの。ゲーム音楽とは何万回聴いても飽きずにその世界に没頭できるものをつくらねばならない。」

口で言うのは簡単だが、それを具現化する手法をお持ちであるからこそ、一流のプロフェッショナルであるのだと思う。

さて、自分はピンポイントで誰の願いをどのようにかなえるプロを目指そうか?

2010年03月12日

正しい情報?

最近、新聞やニュース番組が面白くない。
若い頃は、年がいったらどんどん面白くなっていくと思っていたが、どうやら違うらしい。

情報を得る手段が新聞や雑誌とあってもラジオしかなかった時代は、そこで伝えられる情報には重みがあった。そして、皆、その重みを求めて媒体を選んだ。

なので記事がどれくらい有益かで競争が起きた。
今はといえば、情報を入手する手段は山のようにある。
そのため、新聞やニュースは、すぐに人をひきつけられるゴシップを好んで流すようになり、本来、慎重に扱うべき話題もゴシップ的に伝える。

今後は、情報媒体がもっと流行歌化していくことだろう。

重みのある情報はさがすものではなく、自分でつないでつくっていくものとなった。

どうやってこどもに伝えよう?

2010年03月05日

少しいいことがありました。

今日、少しいいことがありました。
でもそれは、一般的には、たいしたことでないかもしれないし、
ひょっとすると、あまりいいことではないのかもしれません。
でも、よかったと感じている自分がいます。
私は、マインドマップインストラクターというのをやっているのですが、
それが今日、大変役に立ちました。
セミナーで日頃伝えていることを自分自身が体感しただけなのですが、
今日は、重要なところでものをいいました。
損得なしの結果でした。
そんなことを思いながら台所にいったら、包丁を足に落としてしまいました。
しかし、刃ではないところが足にあたり、事なきを得ました。
無性に何かに感謝したくなりました。
The writer
Profile
マインドマップインストラクター(これまでに15,000人超に講座を実施)、有限会社ストリートランプ代表取締役、元株式会社ブザン・ワールドワイド・ジャパン取締役、元一般社団法人ブザン教育協会理事、教育ITコンサルタント、リテラシー教育、元高校教師、柔道5段、スキー1級、シスアド、読書、作詞、作曲、MIDI、黒澤明、クリントイーストウッド、教師だった経験を生かし、東京秋葉原を拠点にセミナー、セッション、講演、コンサル、開発、執筆活動中。
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